令和7年度学部入学式 式辞(2025年4月7日)

第27代総長 湊 長博

文章を入れてください

 本日、京都大学に入学された2,918名の皆さん、入学まことにおめでとうございます。ご来賓の尾池和夫 元総長、小室舞 様、ご列席の理事、関係部局長をはじめとする京都大学の教職員とともに、皆さんの入学を心よりお祝い申し上げます。これまでの皆さんのご努力に敬意を表しますとともに、皆さんを支えてこられましたご家族や関係者のみなさまにお祝い申し上げます。
 今日ここに皆さんがおられるのは、もちろん皆さんのこれまでの努力もさることながら、同时に皆さんの顽张りを様々な形で支えていただいたご家族、先生方、友人その他たくさんの人たちの支援があってのことでしょう。是非そのことを忘れず心に刻んでおいていただきたいと思います。

 さて、いよいよ皆さんは京都大学の学生となられたわけですが、本学を志望するにあたって、京都大学についてどんなイメージをもってこられたでしょうか。明治30年创立のクラシック大学、アジアで最も多くのノーベル赏やフィールズ赏受赏者を辈出しているリサーチ大学、世界の各地域で调査やフィールド活动を行っているアドベンチャー大学、あるいは反骨精神の强い野生的なオピニオン大学など、色々あるかもしれません。しかしおそらく、もっともよく耳にされたのは、「自由の学风」という言叶ではないでしょうか。自由の学风は、様々な京都大学のイメージの基础にある伝统であると思います。これは端的に言えば、社会の流行、惯习、制度など様々な外的要素に惑わされることなく、あくまでも自分が本当にやりたいと思う学问、あるいはやるべきだと考える研究を探し当て、自らの意志でそれを追求していく姿势のことだと、私は思っています。これは当たり前のことのように思われるかもしれませんが、実はそう简単なことではありません。

 16世紀フランスのエティエンヌ?ド?ラ?ボエシ(Estienne de La Boétie)という早熟の思想家は、今の皆さんとほぼ同年代の頃に、古典的名著とされる「自発的隷従論」(エティエンヌ?ド?ラ?ボエシ 著、西谷修 監修、山上浩嗣 訳、ちくま学芸文庫(筑摩書房)、2013年)という本を書きました。その中で彼は要約すると、次のように言っています。「自由とは、生き物の自然の本性であり、野生の馬は調教しようとすると、轡に噛みつき抗うものだ。しかし轡を強制され続けると、やがて馬は進んで轡をはめそれを楽しむようになる」。つまり、人はしばしば周りの環境や慣習の中で容易に自由を放棄してしまうものだ、というわけです。皆さんはこれまで、志望大学への入学という大きな目標に向けて非常に制約の多い生活を送ってこられたと思います。そのため、これからの新しい生活に向けて大いに自由を感じられていることでしょう。しかしボエシの言うように、精神の自由は、ぼんやりしていると慣習や偏見、思い込みに囚われ流されて、気付かぬうちに容易に失われかねません。精神の自由を保持するためには、できる限り自分の心をオープンにしておき、多くの新しい出会いを積極的に受け入れ経験していく必要があります。

 偶然の出会いから思いもかけぬ幸运に恵まれることをセレンディピティ(蝉别谤别苍诲颈辫颈迟测)と呼びます。歴史的な科学的大発见も、しばしばセレンディピティによって生まれたと言われています。ここで重要なことは、セレンディピティは自然に访れるものではなく、偏见や思い込みのない自由な心で初めて掴み取ることができるものだということです。皆さんがこれから始められる新しい大学生活は、これまでの生活に比べてはるかに多くの様々な出会いに満ちているはずです。それが初めて会う人であれ、书物や特定の出来事であれ、先入観に捉われることなく恐れずに向かって行き、皆さん一人ひとりにとってのセレンディピティを掴んでいってください。

 思いがけない幸运な出会いであるセレンディピティにつながる机会を得るという点で最も効果的なのは、海外での生活を経験することでしょう。最近、大学生の海外への留学希望者が减少倾向にあると言われています。文部科学省の调査によると、その主な理由はまず経済的な理由、次に自分のやりたいことや兴味のある分野に必要ないから、となっています。経済的な问题に対しては、本学では皆さんの在学中の海外渡航や留学生活のため、奨学金を含むさまざまな支援プログラムを準备しており、多くの学生がこれらを利用して海外生活を体験してきています。第二の理由について、私が皆さんに海外留学を荐めるのは、必ずしも役に立つ情报や知识の获得のためというわけではありません。インターネットが発达した今日では、私たちは世界のさまざまな场所で起こっていることをリアルタイムで知ることができますし、海外の人たちとの交流もかなりの部分をオンライン?システムで行うことができます。しかし、海外の异なった习惯や文化の中に実际に身を置き、海外の人たち、特に同世代の若者たちとともに生活をするというリアルな体験は、まちがいなく皆さんの考え方や生き方に大きなインパクトを与えてくれるでしょう。私自身は、20歳代の后半をアメリカで过ごしましたが、そこでの生活は私のその后の歩みに决定的な影响を与えました。

 私が海外留学する直接のきっかけとなったのは、アメリカのある大学教授との出会いでした。私は医学部の学生时代から研究室に出入りし、そこで指导を受けながら免疫学の実験をさせていただいていました。京都大学の研究室では教员や大学院生が、いつでもみなさんを自分たちの后辈として扱ってくれるはずで、それこそリサーチ大学、すなわち研究大学にいることの大きなメリットの一つです。私もそうして実験に取り组んでいるうちに、自分なりに面白い実験结果が出たので、免疫学で知られたアメリカの大学の先生に手纸を书いて意见を伺うことにしたのです。一介の学生の手纸ですから、あまり返事は期待していませんでした。しかし、1か月ほど后に、国际会议のため访日するので京都で会いましょう、という连络が来て、これは大変なことになったと慌てました。特段英会话に自信があるわけではなく、言いたいことが伝えられるだろうかと不安でしたが、思い切ってお会いし、実験结果などについて必死に话をしたことを忆えています。本当に言いたい内容さえあれば、英语でのコミュニケーションはなんとかなるものです。最后にその教授から、「おもしろい结果だと思います。大学を卒业したらニューヨークの私の研究室に是非おいでなさい。」と言われました。こうして私は、医学部を卒业后、医师资格の义务である临床研修を修了すると同时にニューヨークに留学し、丸3年间も世界各国から集まった若い研究者たちと、切磋琢磨の研究生活を送ることになりました。あの时、教授からの诱いに戸惑い、逃げていたら、その后の私の人生もずいぶん违ったものになっていただろうと思います。自分にとってチャンスだと思ったら、ひるまず果敢に挑むことです。セレンディピティとは、构えのある心に初めて访れるものです。

 本学のキャンパスにも、世界各国から多数の留学生や研究者が来て、学び研究しています。特にいまだ戦祸のただ中にあるウクライナからは、多くの大学生が市民の皆さんの心强い支援を受けて本学に留学し、戦争によって中断されることなく、一生悬命に勉学を続けています。皆さんはキャンパスの教室や食堂などで、彼ら留学生と出会うチャンスがあると思いますので、是非积极的に交流してください。

 建筑家の安藤忠雄さんは、建筑というものに何となく兴味を持った20歳代前半に、単身で7か月もの时间をかけて、文字通り地をはうようにヨーロッパ中を巡り歩いたそうです。その时のエピソードを「京都大学创立125周年记念特别シンポジウム」で语っていただきました。その贫乏旅行の中で安藤さんは色々な人と出会い、多くの都市のさまざまな遗跡や建筑群を自分の目で见て、じかに触れるという経験をされています。そして帰国后、独学で本格的に建筑家への道を志して、すさまじい勉强と読书を始められたそうです。安藤さんは、若い时のこの海外経験が、建筑家?安藤忠雄の原点だとくりかえし仰っていますし、この体験が、やがて世界を感嘆させる独创的な安藤建筑ワールドの展开につながっていることは、疑う余地がありません。安藤さんはいつも口癖のように、若者はもっと世界へ出るべきだと言われますが、それは自らの実体験に基づくものなのでしょう。

 さて今日は昨年に続いて、皆さんの先辈から新入生へのメッセージをいただくことになっています。昨年は、本学卒业后にアメリカの大学院を経て国连难民高等弁务官事务所(鲍狈贬颁搁)に入职され、世界中の多くの难民支援のために駆け回っておられる青山爱さんにお话をしていただきました。今年は、この后に、新进気鋭の建筑家、小室舞さんにご登坛いただきます。ご本人から自己绍介があると思いますが、小室さんは本学工学部の建筑学科を卒业后、スイスの大学へ留学され、その后海外の着名な建筑事务所で研钻を积まれた后、2018年には独立して香港と东京に自らの建筑事务所を设立されました。现在は、世界を舞台に活跃されています。大学卒业后、小室さんがどのようにして世界に向けて自らのキャリアを切り开いてこられたか、お话を伺いたいと思います。大いに皆さんの参考になることでしょう。

 これから始まる京都大学での学生生活の中で、皆さんがさまざまな出会いを経験され、その中で素晴らしい自分を新たに発见されていかれることを心から祈念して、私からのお祝いの挨拶に代えたいと思います。

 本日はまことにおめでとうございます。