テナガザルのソプラノ歌唱

テナガザルのソプラノ歌唱

2012年8月24日


左から西村准教授、香田助教、正高教授、亲川氏

 このたび、西村刚 霊長類研究所准教授、香田启贵 同助教、正高信男 同教授、亲川千纱子 同大学院生(現東北大学農学研究科助教)らの研究グループは、徳田功 立命館大学理工学部准教授と二本松俊邦 福知山市动物园園長との共同研究で、テナガザルがヒトのソプラノ歌手と同様の方法で、大きく澄んだ朗々とした「ソング」と言われる独特の音声を作り出していることを見出しました。

 このことは、ヒトの音声言语を含む霊长类の多様な音声が、従来言われている以上に、共通する音声器官と音声生成メカニズムで成り立っていることを示し、音声言语の进化プロセスの解明に向けたあたらしい视点をもたらしました。

 この成果は、米国科学誌American Journal of Physical Anthropology誌(米国自然人類学雑誌)に2012年8月24日にオンライン公開されました。

研究の概要

 テナガザルは、东南アジアのうっそうとした热帯雨林の树冠に生息している类人猿(ヒト上科のサル类)で、チンパンジーやゴリラ、オランウータンなどの大型类人猿に対して、小型类人猿とよばれます。ひじょうに大きく澄んだ声で、朗々と歌う「ソング」という音声コミュニケーションをすることで有名です。そのソングは、视界の効かない树冠でも2办尘以上も远くまで闻こえるもので、霊长类の多様な音声の中でもかなり独特です。

 一方、私たちヒトの音声も、声は小さいものの、すばやくアイウエオなどの音の种类を変えている点でひじょうに独特です。ヒトの音声は、喉にある声帯を呼気で振动させてつくる音源により、声帯のある声门から唇に至る空洞である声道内の空気が共鸣して作られます。この音源と共鸣を独立に変えられる仕组みを音源ーフィルター理论といい、ヒトの音声言语の成立に欠かせない基盘の一つです。音声言语は、その基盘のうえに、喉や舌などの音声器官の形态やその运动の仕组みに大きな进化的変更があって成立したと考えられてきました。

 ソングを作り出すために、テナガザルにはどんな进化があったのでしょうか。たとえば、南米のホエザルは、喉の器官形态を大きく変えて、森じゅうに响き渡る大きな声を作り出せるようになっています。しかし、テナガザルにはそのような器官の形态进化が见られません。一方、大きく澄んだ音を出す管楽器は、ヒトとは全く违った仕组みで音を作り出しており、そのような仕组みがテナガザルにも备わっているのかもしれません。

 研究チームは、福知山市ならびに福知山市动物园の全面的な协力のもと、シロテテナガザルの福ちゃん(メス、当时2歳9ヶ月齢)にヘリウムガスを吸ってもらい、その音声を分析しました。ヘリウムガスを吸うと、われわれヒトでは、声帯での声の高さは変えていないにもかかわらず、声道の共鸣が変化して、高く変な声になったように闻こえます。シロテテナガザルにも同様の音声変化がありました。これは、ヒトと同様に音源ーフィルター理论による仕组みの存在を示しており、管楽器などでは起こらない事象です。さらに、音声生成の数理モデルを利用して详细に分析したところ、テナガザルは、声帯で高い音源を作り出し、それを声道の一番共鸣しやすい高さに合わせていることが分かりました。これは、ヒトのソプラノ歌手が歌うときの仕组みと同様です。

 このように、ヒトを含む霊长类の多様な音声は、必ずしも音声器官の形态や音声を作り出す仕组みの独自の変化を必要としないことが明らかになりました。ソプラノ歌唱は、ホール全体に响き渡る美しい歌声で観客を魅了しますが、その仕组みから、アイウエオといった音素を判别することが难しい声です。テナガザルは、见通しが悪い热帯雨林で远くにいる同种个体に自らの存在を伝えるべく、ヒトでもできるソプラノ歌唱をするようになったのでしょう。一方、ヒトは、颜を突き合わせる位の距离で、音素がはっきり闻き取れ、かつすばやく変化する声を作り、そこに言语の意味を载せる音声を作り出すようになったと考えられます。そのような生态环境の変化や社会构造の进化に対応した音声の多様性を进化させるには、音声器官の形态进化や运动进化といった大掛かりな进化ではなく、共通の基盘をどう使うかという运用がより重要な贡献をしていることを示しました。

  • 本研究の実施にあたり、福知山市ならびに福知山市动物园の协力と、有限会社でんじろうサイエンスプロダクションより助言を得ました。

书誌情报

[DOI]

论文タイトル

Soprano singing in gibbons

着者

香田启贵1、西村刚1、徳田功2、亲川千纱子3、二本松俊邦4、正高信男1

  1. 京都大学霊长类研究所
  2. 立命馆大学理工学部机械工学科
  3. 东北大学大学院农学研究科家畜福祉学寄付讲座
  4. 福知山市动物园

掲载予定雑誌

American Journal of Physical Anthropology
DOI: 10.1002/ajpa.22124

関连リンク

  • 霊长类研究所ホームページでの绍介记事(通常大気中の音声とヘリウム条件での変成した音声が収録されています)

本研究は、科学研究費補助金若手研究Start-Up20870025、A24687030(研究代表者 西村剛)、基盤研究B20560352、C23560446(研究代表者 徳田功)、基盤研究B20405016(研究代表者 平井啓久)、文部科学省グローパルCOEプログラムA06「生物の多様性と進化研究のための拠点形成ーゲノムから生態系まで」(事業推進代表者 阿形清和)より資金的支援を受け、実施されました。


シロテテナガザル Hylobates larの福ちゃん(福知山市动物园(園長:二本松俊邦)、撮影:西村剛)

 

  • 京都新聞(8月24日夕刊 8面)、産経新聞(8月30日 27面)および中日新聞(8月25日 31面)に掲載されました。