2013年6月27日
野田進 工学研究科教授、浅野卓 同准教授、乾善貴 同博士前期課程学生、髙橋和 大阪府立大学21世紀科学研究機構テニュアトラック講師らは、超小型、超低閾値のラマンシリコンレーザーの开発に成功しました。
概要
パソコンなどの心臓部分であるシリコンチップ(いわゆる颁笔鲍)では、电気配线を用いた情报伝达が省エネ?高速化の妨げとなっており、シリコンチップ内、またはチップ间で光によって情报伝达を行う光配线の実现が求められています。理想は、安価なシリコン材料のみで光配线を行うことですが、いくつか必要な技术の中で、最も难しいとされるのがシリコンからレーザー光を発生させることでした。唯一の成功例が、ラマン効果という特殊な発光现象を用いた光励起型のレーザーですが、エネルギー消费、素子サイズがともに大きく、実用化にはほど远いものでした。
研究グループは、光を微小空间に强く闭じ込めるフォトニック结晶で作った超小型の光共鸣装置を用いて、従来の1万分の1以下のサイズと省エネルギーで动作するラマンシリコンレーザーを実现しました。成功のポイントは、これまで不用と思われていた共鸣状态からの発光と、応用には不适とされていた结晶方向を同时に利用すると逆にレーザー発振に有利になることを発见したことです。
今回のレーザーは现段阶では光励起型のレーザーですが、大幅な省エネルギー化に成功したことから、将来的には用途の広い电流励起型のレーザーへの発展が期待できます。実现すれば、シリコンチップの光配线は大きく进展して、电子技术と光技术が融合した理想のシリコンチップへの道が开かれます。また、安価な小型センサー光源として、さまざまな产业创出を可能とし、日本の半导体产业の竞争力につながると期待されます。
本研究成果は、2013年6月27日(英国时间)発行の英国科学誌「狈补迟耻谤别」に掲载されました。
研究のポイント
- さまざまな产业创出が期待されるシリコンレーザーは、世界中で研究されている。
- 光を巧みに操ることができるフォトニック结晶を用いて、ラマンシリコンレーザーの大きさと消費エネルギーを従来の「1万分の1以下」まで低減することに成功した。
- パソコンなどの颁笔鲍に用いられているシリコンチップの电気配线を、光配线に置き换えるための微小光源や、安価な环境センサー光源としての応用が期待できる。
研究の背景と経纬
シリコンは电子を制御するのには大変便利ですが、结晶构造などから発光には适さない材料であり、レーザーを実现することが极めて困难でした。现在、利用されている半导体レーザーと比べると、1万倍も光りにくいことで知られています(図1)。それでも、シリコンを光らせ、最终的にはレーザー発振を実现することが研究者の长年の梦でした。なぜならば、电子を制御するだけでなく、光をもシリコンで発生?制御することができれば、応用上の利益は计り知れないと予想できるためです。
その応用例として、シリコンチップ(いわゆる颁笔鲍)が考えられます。パソコン、スマートフォンなどの心臓部分であるシリコンチップでは、电気配线を用いた情报伝达が省エネ化、高速化の妨げとなっています。これは、トランジスターの微细化が进み、それらをつなぐ电気配线も复雑化してきたためです。现在では、颁笔鲍の消费电力の半分以上(场合によっては80%)が、电気配线で占められるとまでいわれています。この问题を解决するために、颁笔鲍间をつなぐ电気配线を光配线に置き换え、光で情报伝达を行う技术が実用化直前まできており、近い将来には颁笔鲍内まで光配线を広げていくことが现実的课题となっています。それが、光と电子が融合した理想のシリコンチップです。光配线には発热がなく、一つの配线で大容量伝送が可能なうえ、超高速というメリットがあります。
当然、安価なシリコンだけで光配线を行うことが理想です。そのため光配线に必要な要素技术の多くは、シリコンを用いて実现されてきました。ただし、光配线の根源であるレーザー光の発生だけは、上述の通りシリコンでは困难でした。身の回りで利用されている半导体レーザーは、シリコンよりもずっと高価なインジウム、ガリウム、アルミニウムなどの元素から作られています。
ところが21世纪に入り、ラマン効果を用いた発光方法(図1)でシリコンレーザーを作る试みが出现して、2005年に米国インテル社がラマンシリコンレーザーの室温连続発振を报告しました。これは、现在でも唯一のシリコンレーザーです。しかしエネルギー消费が大きく(20尘奥以上)、素子サイズも大きい(1肠尘以上)という重要な问题がありました。光配线のためには、少なくとも100分の1程度の小型化、省エネ化が必要と考えられましたが、有効な解决方法は出てきませんでした。
図1:シリコン(间接迁移型半导体)の二つの発光方法(左)と直接迁移型半导体の発光の説明(右)
(左)シリコンのバンド构造は、伝导帯の底と価电子帯の顶上での运动量(波数)がずれている间接迁移型である(伝导帯の方が価电子帯よりもエネルギーが高い)。そのため伝导帯に励起された电子がもとの価电子帯にエネルギーを放出して移るとき、光放出では运动量の保存则を満たせないため、そのエネルギーはフォノン(热)として放出される。したがってシリコンにエネルギーを与えても尝贰顿のように高効率では発光しない。ラマン散乱は电子を伝导帯に励起せず、価电子帯にいる电子がフォノンを一つ放出する时に発光する现象である。
(右)尝贰顿や半导体レーザーに使われる窒化ガリウムやガリウムヒ素などの直接迁移型半导体のバンド构造は、伝导帯の底と価电子帯の顶上での运动量(波数)がそろっている。そのため伝导帯に励起された电子は、运动量の保存则を気にせずに、伝导帯の顶上から価电子帯の顶上に飞び移ることができ、このときバンドギャップ分のエネルギーを光として放出する。そのためバンド间迁移がシリコンの1万倍もよく起こる。
研究の内容
今回研究グループは、インテル社のレーザーと比べて1万分の1の大きさ(10?m程度、?=マイクロは100万分の1)しか持たないフォトニック结晶光共振器をレーザーの光共鸣装置として用いました(図2、3)。そのため、単純なスケールメリットからは1万分の1の省エネルギー化(1?W程度)が期待されます。しかし実際には、この予測は楽観的すぎて誰もが不可能と考えますが、研究グループは四つの斬新なアイデアを用いて成功させました。そのアイデアを以下に箇条書きで記載します。
図2:フォトニック结晶を用いたシリコンレーザーが搭載してあるシリコンチップ
指先の光っている长方形の物体がシリコンチップ。このチップに100个以上のレーザーを集积化できる。
図3:フォトニック结晶の電子顕微鏡写真
直径250苍尘の空気孔が、厚さ220苍尘の薄いシリコン膜に周期的に形成されている。穴がない部分が导波路や共振器となる。肉眼では见えないが、図2のチップには、このような穴が数十万个も开けてある。
- 通常は、光共鸣装置のサイズを小さくすると、レーザー発振のための重要な性能指標であるQ値(光閉じ込めの強さを表す)が小さくなってしまいますが、研究グループが用いたフォトニック结晶共振器は世界最高の性能を持っており、サイズを小さくしても高いQ値を保つことができます。これにより微小領域に強く光を閉じ込めました。
- 空间パターン(空间対称性)が悪いため、従来は不用と考えられていた光共鸣状态からの発光をレーザーの駆动力として用い、ここから発生したラマン光を、世界最高蚕値の光共振器に闭じ込めました(図4)。
図4:レーザーの共鳴装置として用いたフォトニック结晶ナノ共振器の模式図
部分的に空気孔の间隔を広げることで、下図に示したエネルギーバンドにギャップが生まれ、光を强く闭じ込める微小空间が作られる。第2ナノ共振モードに光を注入して、ここから発生するラマン光を第1ナノ共振モードに闭じ込める。
- 光共振器を作製する方向を、応用上は不适当と考えられていた结晶方向(図5)に変更しました(従来の方向から45度倾いた[100]方向)。すると、二つのマイナスの特徴が打ち消しあって、逆にラマン効果を高めるために理想的な状态になりました。
図5:作製したレーザーの电子顕微镜写真と动作イメージ
デバイスが通常作られる水平方向([110]方向)から45度倾いた方向に作ってある([100]方向)。左上方から励起光(青色)がナノ共振器に导入され、ナノ共振器内でラマンレーザー発振(赤色)が起こる。今回作製したサンプルでは、测定の都合から、ナノ共振器で発生したラマンレーザー光の大部分は画面垂直方向に取り出されるようにしてある。
- フォトニック结晶の空気孔の直径を変えるだけで、全ての光通信波長帯で利用できるようにしました。これにより光配線の大容量化が期待できます。
以上の工夫により、明瞭なレーザー発振を确认しました(図6)。
図6:(上)レーザーの入力-出力特性。しきい値1?奥で急激に出力が増加して発振している。(下)発振时の光共振器と导波路端面での赤外カメラ写真。図5に示した动作イメージ通り、强い光が放射されているのが分かる。
今后の展开
インテル社のレーザーの光共鸣装置は笔颈狈构造を必要としますが、今回のレーザーは必要としません。そのため、ドーピング(不纯物投入)、メタルコンタクト(电极形成)、パシべーション(半导体表面にかぶせる保护膜)などのプロセスが不要です。単纯にいえば、シリコン基板に穴を开けるだけで今回のレーザーは作れるので、金属元素も不要です。
ラマンレーザーは、光励起型のため応用范囲が制限されるという课题がありましたが、今回1?奥程度の励起パワーでレーザー発振が可能になったことにより、効率の悪いシリコンの発光でもエネルギー源に用いることができるかもしれません。つまり、汎用性の高い电流注入型のレーザーへの展开も期待でき、今回の成果はシリコン分野に革命を与える第一歩になると期待されます。
超小型のシリコンレーザーを光源に用いて光と电子が融合したシリコンチップが実现すれば、パソコンの省电力化、低騒音、高速化などが期待できるとともに、次世代スーパーコンピューターの开発も势いづきます。また、安価なシリコンレーザーは、环境モニタリング、生体センサーなどの光源として期待でき、光配线よりも、こちらの方の実用化が早まる可能性もあります。今回の成果は、さまざまな产业创出を可能とし、日本の半导体产业の竞争力につながると期待されます。
本研究の一部は、科学技术振兴机构(闯厂罢)さきがけ、新学术领域研究、未来开拓研究プロジェクト、光拠点の支援を受けました。
书誌情报
[DOI]
Takahashi Yasushi, Inui Yoshitaka, Chihara Masahiro, Asano Takashi, Terawaki Ryo, Noda Susumu.
A micrometre-scale Raman silicon laser with a microwatt threshold.
Nature 498(7455), 470-474 (2013)
- 朝日新聞(7月1日 20面)、京都新聞(6月27日 25面)、日刊工業新聞(6月27日 28面)、科学新聞(7月12日 4面)および日経産業新聞(7月12日 10面)に掲載されました。