2013年12月6日
MORI, James Jiro 防災研究所教授、加納靖之 同助教、独立行政法人海洋研究開発機構らのグループは、東北地方太平洋沖地震発生後、統合国際深海掘削計画(IODP、本年10月1日より新たなフェーズである「国際深海科学掘削計画」に移行)の一環として、地球深部探査船「ちきゅう」を用いて震源域調査研究航海(東北地方太平洋沖地震調査掘削:2012年4月1日~5月24日、7月5日~19日)を実施し、震源海域のプレート境界断層浅部から地質試料を採取するとともに、断層運動で生じた残留摩擦熱の直接計測に成功しました。
得られた地质试料、孔内计测データ、长期孔内温度観测などのデータから、东北地方太平洋冲地震の际に日本海沟轴付近の浅部プレート境界断层が地震性滑りを起こしていたことを科学的に実証し、これまで常识とされてきた「プレート境界断层浅部では地震性滑りは起きない」という考えを根本から问い直す、极めて重要な结果を导きだしました。これにより巨大地震発生时における断层の滑りメカニズムや巨大津波の発生メカニズムの解明に向けて大きく前进しました。
また、本研究航海は、科学掘削としては世界最高记録(掘削パイプの総延长)となる水深约6,900尘、海底下约850尘までの掘削を成功させ、掘削孔内に复数の温度计を设置?回収するという、技术的にも极めて难易度が高いオペレーションであり、実际にプレート境界断层の直接採取?観测に成功したことは、地球深部探査船「ちきゅう」の高い运用能力を証明した取り组みでもありました。
本成果は、2013年12月6日(日本时间)に米国科学雑誌「厂颁滨贰狈颁贰」に、3编の论文として同时に掲载され、さらにこれら3编の论文に附随するコメントも掲载されました。
本成果のポイント
- 东日本大震灾を引き起こしたプレート境界断层先端部は、厚さ5尘以下であり、これまで考えられていたものより极めて薄い断层帯であることを発见
- 断层の地质试料を用いた室内试験により、断层物质が强度の弱い粘土からなることと、地震时に断层の摩擦発热により断层物质の隙间に存在する水が膨张することで、断层が滑りやすくなったことを発见
- 掘削孔内に设置した复数の温度计测装置の结果から、プレート境界断层において周囲より0.31度高い温度异常が见つかり、地震発生时の断层の摩擦係数が极めて小さかったことを発见
背景
これまでプレート境界断层浅部は地震性滑りを引き起こさない领域とされてきましたが、东北地方太平洋冲地震では、海沟轴付近で约50尘の水平地殻変动と、约7~10尘の垂直地殻変动が推定されており、これが巨大津波発生の原因になったものと考えられています。このような大规模な地殻変动は、浅部のプレート境界断层が地震性滑りを起こしたためと考えるのがもっとも妥当です。
本研究航海は、なぜ、これまで地震性滑りを起こさない领域である海沟轴付近にまで断层运动としての破壊(滑り)が伝播したのかを调べるために、日本海沟の海沟轴付近において深海科学掘削を行いました。採取された地质试料から実际に巨大地震を引き起こしたプレート境界断层を构成している岩石の种类と物性を明らかにするとともに、断层面および近傍の残留摩擦热の温度変化を长期(9ヶ月间)にわたり直接计测しました。
残留摩擦热は、プレート境界断层の滑りにより発生するもので、この热が计测できれば、そこから地震発生时にどのような滑りが発生したのかを解明することができますが、この热は、地震発生后およそ2年ほどで周囲の地层中に拡散し、计测が困难となります。また、プレート境界断层を构成する岩石自体も変质し、时间が経过してしまうと摩擦特性(断层の滑る性质)の分析が极めて困难になります。
しかし、海沟型巨大地震において地震発生后早期にプレート境界断层の温度计测や地质试料の採取を実施することは技术的に极めて困难であるとされてきました。
このため、本调査掘削で得られた巨大地震発生后早期の试料やデータは、巨大地震?津波の実态を解明する上で、极めて重要であります。このような贵重な试料とデータを用いた研究成果は世界で初めてのものであり、海沟型巨大地震?津波発生メカニズムの理解に大きな进展をもたらしました。
成果
今回の研究成果は、科学掘削で得られた掘削试料、掘削と同时に実施した掘削孔内の検层(地质の特性や断层を把握するため、ドリルパイプの先端部に物理计测センサーを搭载し、掘削しながら计测を行うこと)によるデータの解析结果、プレート境界断层物质を用いた地震性滑りの再现実験、断层运动による残留摩擦热の计测データの解析结果を合わせることで、非常に狭い(薄い)范囲の断层部で、非常に低い剪断応力(断层を滑らせる力)のもと、海沟轴付近まで大きな滑りが伝播したことを明らかにしました。
この成果は、以下「発表论文の概要」に示す3编の论文に集约されています。これをまとめると、东北地方太平洋冲地震の発生时、日本海沟轴付近まで破壊が伝搬したプレート境界断层は、水深6,900尘での掘削地点では海底下深度820尘の所に存在し、その断层は、强度が低く、かつ透水性が低い远洋性粘土(スメクタイト)を约78%と多量に含んでいることが明らかになりました。地震时に断层の摩擦発热により膨张した间隙水(プレート境界断层物质の隙间にある水)が透水性の低い地层に挟まれて逃げ场を失うことにより间隙水圧を上昇させて断层を滑りやすくさせた(剪断応力を低下させた)と考えられます。残留摩擦热の计测データの解析结果からも、滑りが生じた时の摩擦係数は0.08程度と非常に小さい値が见积もられており、断层が极めて滑りやすい状态であったと推定されました。
また、このプレート境界断层は5尘未満の厚さしかなく、しかもスメクタイトを多量に含み强度が低いため、断层が动きやすいことも、巨大地震?津波を発生させた要因と考えられます。
つまり、今回の地震が大きな変位を伴って巨大な津波を発生させたのは、地质条件に起因したスメクタイトに富む滑りやすい断层であったこと、さらに断层运动时の摩擦発热による间隙水圧上昇により、非常に低い剪断応力のもと断层が滑ったことが原因と结论づけられました。
厂颁滨贰狈颁贰に掲载された発表论文の概要
- 論文タイトル:Structure and composition of the plate-boundary slip zone for the 2011 Tohoku-Oki earthquake
- 著者名:Chester et al.
要旨
海沟型巨大地震のメカニズムは、プレート境界断层の摩擦特性、构造、组成などによってコントロールされていると考えられています。2011年3月11日に発生した东北地方太平洋冲地震の地震断层浅部で掘削同时検层?掘削コアの採取を行い、その构造、组成を调べました(図1)。その结果、巨大滑りを発生させたプレート境界断层は、非常に狭い范囲(厚さ5尘以下)に発达していることが明らかになりました。そこは强度の低い远洋性粘土层からなり、周りの地层に比べ弱い地层であることから、动きやすく局所的に断层の滑りをコントロールしていることを示しています(図2)。
図1:(A)掘削地点(C0019)、震央(赤星印)、そして、断層の滑り量分布を示す。(B) 掘削地点の地質構造断面を示す。掘削地点は、沈み込む太平洋プレートが変形受けた地塁(horst)の上で、遠洋性堆積物(黄色)は薄くなっている。(C) 掘削地点のクローズアップ。プレート境界断層は海溝軸まで続いている。(Chester et al.より)
図2:海底下820m付近で地層、地層面の傾斜、物性などの大きな変化があり、プレート境界断層であると確認された。(Chester et al.より)
- 論文タイトル:Low coseismic shear stress on the Tohoku-Oki megathrust determined from laboratory experiments
- 著者名:Ujiie(氏家) et al.
要旨
これまでプレート境界断層での巨大地震発生時には、浅部まで大きな滑りは伝搬しないと考えられてきましたが、東北地方太平洋沖地震では浅部巨大地震性滑りが発生し、巨大津波を引き起こしました。そのメカニズムを探るために、プレート境界断層から掘り出した試料を用いて、高速摩擦実験を行ったところ、地震時の断層における剪断応力は非常に小さいことを明らかにしました(図3)。その原因として、断層物質が強度の低い粘土(スメクタイト)を多量に含むことと、thermal pressurization効果(高速滑りにより発生した摩擦熱により断層中の水が膨張することで引き起こされる剪断応力の低下現象)があげられ、これにより大きな断層変位と、その結果としての巨大津波の発生を引き起こしたと考えられます。
図3:プレート境界断層試料を用いた室内摩擦実験の結果。(A) 透水条件での実験。(B) 不透水条件での実験。(C) 透水条件(赤)、不透水条件(青)ごとでの剪断応力の垂直応力依存性(Ujiie et al.より)
- 論文タイトル:Low coseismic friction on the Tohoku-Oki fault determined from temperature measurements
- 著者名:Fulton et al.
要旨
地震时の断层における摩擦抵抗は、地震ダイナミクス(挙动)をコントロールしています。断层での摩擦は、摩擦発热による热エネルギーとして消费されているため、断层での温度测定から地震时の断层における摩擦抵抗を推定することができます。滨翱顿笔第343/343罢次研究航海では、东北冲地震が発生してから16ヶ月后に、温度计アレー(数珠つなぎの温度センサー群)を孔内に、プレート境界断层部分を中心として设置しました。9ヶ月后、全ての温度计の回収に成功しました。観测の结果、プレート境界断层では周囲より0.31度高い温度异常が见つかり、27惭闯/尘2のエネルギーが地震时に断层で消费されたことが明らかになりました(図4)。见かけの摩擦係数は0.08と见积もられ、通常の岩石よりもはるかに小さな値であったことが结论づけられました。
図4:(A) 深度650m以深の計測温度の時系列表示。地温勾配による影響を除き、毎日の観測温度の平均値を示している。(B) 深度方向に、2ヶ月毎の温度分布を示す。(Fulton et al.より)
- コメント(PERSPECTIVES)タイトル:Dangers of Being Thin and Weak
- 著者名: Wang & Kinoshita(木下)
要旨
なぜ東北沖地震では数十mにもおよぶ断層滑りが発生したのか? それはプレート沈み込み帯では一般的なことなのか? といった根本的な疑問に対して、今回の地球深部探査船「ちきゅう」による掘削成果が大きな貢献をしました。海溝軸近くの浅部まで大きな破壊が生じたのは、これまでの考えを覆すものであり、今回の調査によって、浅部でも破壊速度に応じて摩擦が低下すること、そしてそれが非常に薄い、限られた地層内で起こっていることなどが明らかにされました。これらは掘削によって初めて明らかになったことであり、極めて重要な成果です。ただ東北沖の事例で、全ての巨大津波の発生原因を解決できたわけでないことは留意すべきです。
今后の展望
今回の成果から、地震时の断层における剪断応力が低ければ、海沟轴付近にまで破壊が伝播して地震性滑りを引き起こし、破壊的な巨大津波を引き起しうることを示しており、东北地方だけでなく、南海トラフや琉球弧、伊豆小笠原弧、日本海沿岸などでも新たな视点での地震?津波発生ポテンシャルに関する调査研究、さらにはモデル化と数値シミュレーションが必要であることを示しています。津波に関しては、海沟轴付近までの破壊の伝播を考虑に入れて、科学的根拠に基づく最大规模の津波発生を想定するべく、巨大地震?津波発生规模の推定方法を见直す必要があります(例えば、既に内阁府によって行われた南海トラフでの津波数値シミュレーションの再计算例など)。
また今回の知见は、环太平洋地域での巨大地震?津波は全て同一のメカニズムで説明できるわけではなく、各海域での特性を理解するためにさらなる调査研究が必要であることも示しています。
今后は、これまでに得られたコア试料や地层物性データ、検层データ等の详细解析をさらに进めるとともに、国内のみに留まらず、国际的にも今回の新たな知见をもとに、防灾?减灾への科学的な贡献へ资することが期待されます。
书誌情报
(1)Frederick M. Chester, Christie Rowe, Kohtaro Ujiie, James Kirkpatrick, Christine Regalla, Francesca Remitti, J. Casey Moore, Virginia Toy, Monica Wolfson-Schwehr, Santanu Bose, Jun Kameda, James J. Mori, Emily E. Brodsky, Nobuhisa Eguchi, Sean Toczko, Expedition 343 and 343T Scientists
"Structure and Composition of the Plate-Boundary Slip Zone for the 2011 Tohoku-Oki Earthquake"
Science 6 December 2013
vol. 342 no. 6163 pp. 1208-1211
[DOI]
(2)Kohtaro Ujiie, Hanae Tanaka, Tsubasa Saito, Akito Tsutsumi, James J. Mori, Jun Kameda, Emily E. Brodsky, Frederick M. Chester, Nobuhisa Eguchi, Sean Toczko, Expedition 343 and 343T Scientists
"Low Coseismic Shear Stress on the Tohoku-Oki Megathrust Determined from Laboratory Experiments"
Science 6 December 2013
vol. 342 no. 6163 pp. 1211-1214
[DOI]
(3)P. M. Fulton, E. E. Brodsky, Y. Kano, J. Mori, F. Chester, T. Ishikawa, R. N. Harris, W. Lin, N. Eguchi, S. Toczko, Expedition 343, 343T, and KR13-08 Scientists
"Low Coseismic Friction on the Tohoku-Oki Fault Determined from Temperature Measurements"
Science 6 December 2013
vol. 342 no. 6163 pp. 1214-1217
[DOI]
Kelin Wang, Masataka Kinoshita
"Dangers of Being Thin and Weak"
Science 6 December 2013
Vol. 342 no. 6163 pp. 1178-1180
[DOI]
- 産経新聞(12月6日 26面)、中日新聞(12月6日 3面)、日刊工業新聞(12月6日 23面)、日本経済新聞(12月6日夕刊 14面)および毎日新聞(12月6日 27面)に掲載されました。