第26代総长 山极寿一
本日、京都大学から修士の学位を授与される109名の皆さん、修士(専门职)の学位を授与される5名の皆さん、法务博士(専门职)の学位を授与される1名の方、博士の学位を授与される215名の皆さん、诚におめでとうございます。
学位を授与される皆さんの中には、170名の留学生が含まれています。累计すると、京都大学が授与した修士号は83,664、修士号(専门职)は2,016、法务博士号(専门职)は2,391、博士号は45,842となります。教职员一同とともに、皆さんの学位取得を心よりお祝い申し上げます。
京都大学が授与する修士号や博士号には、博士(文学)や博士(理学)のように、それぞれの学问分野が付记されており、合计23种类もあります。また、9年前からリーディング大学院プログラムが始まり、これを履修し修了された皆さんの学位记には、それが付记されています。これだけ多様な学问分野で皆さんが日夜切磋琢磨して能力を磨き、その高みへと上られたことを、私は心から夸りに思い、うれしく思います。本日の学位授与は皆さんのこれまでの努力の到达点であり、これからの人生の出発点でもあります。今日授けられた学位が、これから人生の道を切り开いていく上で大きな助けとなることを期待しています。
33年前、私もこの京都大学で论文博士の学位を授与されました。大学院时代にアフリカでゴリラ社会の研究をしていたのですが、どうしても野生のゴリラの行动を间近で観察することができず、大学院在籍中に学位论文を仕上げることができませんでした。运よく日本学术振兴会の特别研究员に採用され、ケニアのナイロビで驻在员として勤务することになったので、そのかたわらルワンダに调査に出かけ、フィールド研究ができました。2年间の勤务を终えて帰国した后も、その间贮めた给料をはたいて自费でルワンダへ飞び、何とか学位论文の材料を集めることができました。その后、日本モンキーセンターという民间の财団法人にリサーチフェローとして勤めながら、时间を见つけては论文执笔に励み、35歳の时にやっと学位を取得することができたのです。その间、ゴリラの生息地ではカンフー映画のブルース?リーと同じような能力を持つと误解されて现地の空手家から试合を申し込まれたり、メスだと思っていたゴリラが実はオスで、それまで交尾と记録していた行為をすべてホモセクシュアリティと书き换えなくてはならなかったり、いろいろな失败がありました。でも、それを乗り越えて一つの研究课题の解明に向かう日々を送れたことは、私の人生でかけがえのない财产になりました。私が见ていること、考えていることはまだ世界の谁も経験していないことであり、それを世に出してこれまでの常识を涂り替えることへのわくわくするような思いを抱き続けることができたからです。その梦は、もちろん论文を执笔し、それが厳しいピアレビューを経て国际学术誌に掲载されることによって叶えられたのですが、博士の学位を授与される喜びは、自分がプロの研究者として社会的に认められたことであり、これからの人生をその看板を背负って生きていく自信と自覚を与えられたことなのです。今日、学位を授与されるみなさんも同じ喜びをかみしめていることと思います。
さて、みなさんのこれから歩む道はこれまでとは违います。もちろん、これまでの研究を続ける人もいるでしょう。しかし、学位论文を完成させるという目标に向かって歩み続けた日々とは违い、これまでに培った能力を用いてぜひ世界に新しい息を吹き込んでほしいのです。みなさんの能力は决して狭い学问の世界だけで発挥されるものではありません。これまでみなさんが経験した学问とは全く违う领域でその力が役立つかもしれません。様々な未知の世界がみなさんを待ち望んでいます。それを知るためには、まず时代の最先端に立って见なければなりません。そこで、この世界を支配している常识を见つめ、どこかおかしなところがあれば学位论文に挑んだ时と同じように大胆な问いを立て、常识を涂り替えるような新しい発见や思考をめぐらすのです。学位とはこれまでみなさんが类いまれな知性を育てた証明であり、そのために费やした努力への赠り物です。その赠り物を用いて、みなさんはその知性をこの世のために使うべきなのです。
この夏、私は中国武汉の作家?方方が书いた『武汉日记』を読みました。これは、今私たちが苦しんでいる新型コロナウイルス感染症が発生した武汉市で、ロックダウンの紧张と恐怖に包まれた60日间を毎日ブログで缀った记録です。900万人が自宅から出ることを禁止され、迫りくるウイルスの感染におびえ、日々报道される感染者と死者の増加数に絶望感を抱く。人心は大きく乱れ、常轨を逸する行為が频発しました。方方はその様子を、"ごろつきはウイルスだけではない。人命を粗末に扱い、庶民の生死に无顿着な人、寄付の名目で入手した物品をネットで転売し储けようとする人、エレベーターでわざと唾を吐いたり、隣家の玄関扉のノブに唾を吐く人、病院が仕入れた救急医疗品を途中で强夺する人。さらに、あちこちでデマを振りまき人を陥れる人もいる"、と书いています。とりわけ方方が悩まされたのが、自身のブログに対するあからさまな攻撃でした。彼女が武汉市当局の隠ぺい工作を非难してその责任を问うと、一斉に骂詈雑言が彼女に浴びせられたのです。こういった状况は大なり小なり日本でも起こりうることです。长期にわたるロックダウンという状况下で事态がエスカレートしたことがわかります。しかし、方方はひるみませんでした。"集団の沉黙、これが最も恐ろしい"と言い、"世界をあなたが軽蔑する人に譲り渡してはいけない"という声を信じてブログを书き続けます。彼女が信じたのは、"わずかな时代の尘でも、それが个人の头に积もれば山となる"、そして一人の作家として"文学は个人の表现だが、无数の表现を集めれば、一つの民族の表现になる。そして无数の民族の表现を集めれば、一つの时代の表现になる"ということでした。その上で、方方はある结论に至ります。"ある国の文明度を测る基準は、どれほど高いビルがあるか、どれほど速い车があるかではない。どれほど强力な武器があるか、どれほど勇ましい军队があるかでもない。どれほど科学技术が発达しているか、どれほど芸术が素晴らしいかでもない。ましてや、どれほど豪华な会议を开き、どれほど绚烂たる花火を挙げるかでもなければ、どれほど多くの人が世界各地を豪游して爆买いするかでもない。ある国の文明度を测る唯一の基準は、弱者に対して国がどういう态度をとるかだ"、というのです。
これが、日の出の势いで研究力と产业竞争力を强化し続け、今や米国を抜いて世界一に跃り出ようとしている中国で、人気を集めている作家の言叶だということに私は大きな衝撃を覚えました。新型コロナウイルスはこれほど伟大な时代の高みを作ったということなのです。方方の述べた文明度を测る基準は、かつて「ジャパン、アズ、ナンバーワン」と言われた高度成长达成后の日本、そしてバブル崩壊を経て科学技术の遅れを必死に取り戻そうとしている今日の日本にも适用できます。知识集约型时代の到来で、情报に大きく依存して暮らすようになった私たちは、格差の拡大にとりわけ敏感になる必要があります。そのために私たちは、时代の高みに登って世界を俯瞰し、虐げられそうな人々のうめきや吐息に耳を澄ましながら、この时代が私たちをどこへ导いていくかをしっかりと把握しなければならないのです。
今日、学位を授与されるみなさんはその能力があり、そしてその义务があると私は思います。私が会长を务める日本学术会议は、2013年に改定した科学者の行动规范を、「学问の自由の下に、特定の権威や组织の利害から独立して自らの専门的な判断により真理を探究するという権利を享受すると共に、専门家として社会の负託に応える重大な责务を有する。特に、科学活动とその成果が広大で深远な影响を人类に与える现代において、社会は科学者が常に伦理的な判断と行动を為すことを求めている。また、政策や世论の形成过程で科学が果たすべき役割に対する社会的要请も存在する。」と定めています。また、1995年に公布された科学技术基本法には「人文科学のみに係るものを除く」という但し书が付与されていましたが、今年の通常国会でそれが削除され、社会科学を含めて人文科学の寄与が科学技术の発展にとって不可欠であることが认识されました。さらに、今回の改订では法律の名称が「科学技术?イノベーション基本法」となり、イノベーションの创出が基本法の目指す大きな目标になりました。これにはイノベーションの概念が近年大きく変化したことが関わっています。かつて、イノベーションは公司の製品开発や市场の拡大に直结する概念と捉えられていましたが、现在は社会や経済を大きく変革する新しい価値の创造と见なされ始めています。それを「トランスフォーマティブ?イノベーション」と呼びますが、その起动には人文?社会科学の知见がどうしても必要なのです。现在公募されているムーンショット型研究开発事业も我が国発の突出したイノベーションの创出を目指し、従来技术の延长上にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究开発を推进する事业ですが、そこには福祉のヴィジョンや幸福のイメージを构想する人文?社会科学分野からの参画が要请されています。これからは、文理融合の视点で世界や日本の课题を把握し、新しい社会の価値観を创造するために学际的、国际的な连携を强めていかねばなりません。
新型コロナウイルスの流行で、とくに问题となったのがフェイクニュースやネット上での暴力です。20世纪まで私たちは毎日テレビやラジオや新闻といったマスメディアが流す情报をただ受け取るだけで、世界の情势を理解した気になっていました。しかし、ソーシャルメディアが登场したことによって、すべての人が受信者だけではなく発信者にもなったのです。その结果、根拠のない、あるいは虚偽の情报がネット上で氾滥し、どれが信頼すべき情报か判断するのが难しくなりました。そこで、根拠のあるなしに関わらず、自分の好む情报に頼って世界を解釈する倾向が强くなりました。これを「ポスト真実の时代」と呼びます。その结果、社会が分断される倾向も强まっています。言叶を创造して以来、人类は物语を共有して生きてきました。その物语は人々を団结させ、さまざまな胁威に立ち向かう力を育んできました。そして、それは人类が移动する自由、集まる自由、语り合う自由を行使して社会を拡大する中で、次第にグローバルなネットワークが形成されてきたのです。さらに、エビデンスに基づいた科学の知识が人々をつなぐことで、グローバルな世界はより共有できる価値観をもつようになりました。21世纪が过去の时代と比べて戦争や飢饿が少なくなったのは、世界中の人々が情报を瞬时に捉えて、弱者を救済するために立ち上がれるようになったからです。しかし、新型コロナウイルスの蔓延は移动する自由と集まる自由を夺い、さらには信頼できる対话のシステムを混乱させ、世界を再び分断に导こうとしています。
今こそ、科学者はエビデンスに基づいた事実を示すことで、信頼できる世界の再统合に向けて努力を倾けねばなりません。コロナウイルスの拡散を防ぐために、世界の国々は国境を闭锁し、自国の安全を最优先させる政策を取らざるを得なくなっています。グローバルな人々の交流が途絶えて、异なる文化や歴史的背景を持つ集団间で対话を通した共通の理念を构筑する机会が失われています。その空白を埋めるように、人々が求める安易で心地よい嘘がインターネットで拡散され、根拠のない敌対意识が煽られていく、そうした悬念が强まっています。人间の存在にとって普遍的な価値が文化や时代に限定された主义主张によって揺さぶられています。それは、未来に対する怖れや不安によっても助长されます。科学者は自らの拠って立つ事実や理念によって、根拠のない人々の不安を払しょくし、豊かな未来を构想して人々を导く义务があります。
若手の研究者の活跃できる环境はこれから大きく改善されていきます。私が非常勤议员として参加している総合科学技术?イノベーション会议では、この2年にわたって若手の研究者の処遇改善について、日本学术会议や产业界から意见を闻き、文部科学省と协议を続けてきました。それが実って今年の初めに「研究力强化?若手研究者支援総合パッケージ」が発表されました。これには、アカデミアにおける研究资金と研究ポストの拡大や、产业界における博士人材の雇用や人材交流の促进が盛り込まれています。现在选定中の创発的研究もその一环で、これまで3~5年だった科学研究费の研究期间を延长し、若手研究者を中心に最长10年间支援することになっています。ある大手公司が実施したアンケート调査によると、博士の学位を取得して就职した社员の多くは研究活动に従事しており、その环境におおむね満足しているとの结果が得られています。これからは大学と公司の间を行き来しながら、多様な目标と组织の下に研究に励む人々が増えていくでしょう。京都大学でも博士课程教育リーディングプログラムを始めとしてアカデミアだけでなく、広く社会で活跃できる博士人材を育てています。最近、ヨーロッパやアジアだけでなく北アメリカやアフリカにも研究拠点のセンターを设立しました。京都大学が夸る海外研究拠点は63に増加していますし、海外の大学や研究机関等と共同で设置する现地运営型研究室オンサイト?ラボラトリーも10を数えるまでに成长しました。これらの拠点や研究室を利用してさらなる国际连携を展开し、地球社会の调和ある共存を実现していくのが京都大学のミッションであり、その主要な役割を演じるのがみなさんであると私は思います。
本日、学位を授与されるみなさんは京都大学で培った高い能力を駆使して、ぜひこの困难な时代に叡智の花を咲かせてほしいと思います。学问をするには、その时代への感性を持つことが重要です。くわえて、どんな学问を修めるにも幅広い教养と基础知识が必要です。未知の领域や新しい课题を発见する力は、小さいころに自然に游んだ経験や、异分野で培った见识が育ててくれることがあるのです。しかし、今や世界中で科学に向き合う姿势が画一化され、とくに技术と结びついて、社会にすぐに役立つイノベーションのみが求められる风潮にあります。自分の学问分野だけでなく、他の分野の知识や芸术的な感性を幅広く取り入れて、それぞれの研究者が独自の科学的直観を発挥することが重要だと思います。
ここに集った皆さんも、京都大学での研究生活を通じて、他の分野に広く目を向け、活発な対話を通じて、独自のアカデミックな世界を作り上げたことでしょう。それは京都大学で学んだ証であり、皆さんの今後の生涯における、かけがえのない財産となるでしょう。また、皆さんの学位論文は、未来の世代へのこの上ない贈り物であり、皆さんの残す足跡は後に続く世代の目標となります。その価値は、皆さんが京都大学の卒业生としての誇りを守れるかどうかにかかっていると思います。たいへん残念なことですが、昨今は科学者の不正が相次ぎ、社会から厳しい批判の目が研究者に向けられています。皆さんが京都大学で培った研究者としての誇りと経験を活かして、どうか光り輝く人生を歩んでください。
本日は、まことにおめでとうございます。
(“ ”は、方方 著(飯塚容 訳、渡辺新一 訳)の『 武汉日记:封锁下60日の魂の记録 』( 河出书房新社 、2020年)より引用)
関连リンク
- 令和2年度大学院秋季学位授与式を挙行しました。(2020年9月23日)
- 京都大学 令和2度大学院秋季学位授与式(Kyoto-U OCW)